『ミッションインポッシブル』シリーズを見終えた。
映画館で観たなら、もっと迫力があったでしょうが、
残念ながら、ひとつも映画館で観ることはなかった。
かすかに、ほんの僅かにインスピレーションを得た。
これを、なんとか手掛かりにして、
当たり前の現実から、
なにかが可笑しい現実から、抜け出さなくてはならない。
なぜ、毎日が非日常ではなく、
ただの日常に、成り下がってしまったのか。
山本哲士先生の
場所・述語性・非分離・非自己
に共通しているのは、自己が消えてしまっているということ。
自己の視点ではなく、自然と一体となった視点。
それは、短歌によって、表出されることとなる。
なぜなら、
短歌がそういうものだから。
(自己が消えていないと短歌など詠めない)
イーサン・ハントは、決して諦めない。
そこが熱い。
メラメラと
燃ゆる炎の 強さこそ
命を開きぬ 鍵とぞ成らむ
